宇佐八幡神託事件(769・神護景雲3年)

道鏡は称徳天皇の支持を得て、太政大臣禅師、さらには法皇となって権力を握り、仏教政治を行った。しかし称徳天皇が病に倒れると道鏡は、豊前国の宇佐神宮で「道鏡を天皇にせよ」というお告げが出たというデマを流した。朝廷は和気清麻呂を宇佐神宮に派遣し、事の真偽を確かめたところ、嘘が発覚したという事件。結果、道鏡の天皇即位計画は挫折したが、和気清麻呂も流罪となった。ただ、翌770年、称徳天皇が亡くなると、道鏡は力を失っていった。