1336年、足利尊氏は湊川の戦いで、有力武将・楠木正成を破り、京都を制圧・同年に自らの手で持明院統の光明天皇を即位させ、室町幕府の基本方針である建武式目を発表(*是円らが尊氏の質問に答える形)した。その後、1338年に光明天皇から征夷大将軍に任命。室町幕府の成立、初代将軍・足利尊氏の誕生となった。
後醍醐天皇は天皇をやめず、吉野に逃れた。その結果、京都に持明院統の光明天皇、奈良に大覚寺統の後醍醐天皇が並び立つという状況になった。京都が北朝、奈良が南朝と呼ばれ、以後60年に及ぶ南北朝時代の始まりとなった。